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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)10188号 判決

原告

佐々木忠

右訴訟代理人

三宅能生

田中繁男

被告

株式会社新潮社

右代表者

佐藤亮一

野平健一

右被告両名訴訟代理人

多賀健次郎

被告

株式会社小学館

右代表者

相賀徹夫

相賀徹夫

野口晴男

右被告三名訴訟代理人

原秀男

竹下正己

主文

一  被告株式会社新潮社、同野平健一は、原告に対し各自金一〇〇万円及びこれに対する昭和四九年一二月一三日から右金員支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社小学館、同野口晴男は原告に対し各自金三〇万円及びこれに対する昭和四九年一二月一三日から右金員支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを二〇分し、その一を被告小学館、同野口晴男の、その三を被告新潮社、同野平健一の、その余を原告の負担とする。

五  この判決は第一項、第二項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1記載の事実(当事者の地位)中、被告相賀が「週刊ポスト」の編集、発行業務全般を監督する者であるとの点を除いて、いずれも当事者間に争いがない。

二請求原因2記載の事実(原告の詐欺容疑による逮捕と不起訴処分)中、原告が昭和四九年一月一七日詐欺罪の容疑で逮捕されたこと、同年二月九日不起訴処分に付されたことは当事者間に争いがない。

三請求原因3記載の事実(本件各記事の掲載)は、当事者間に争いはない。

原告は本件記事(一)、(二)が原告の名誉を毀損するものであると主張するところ、被告新潮社及び同野平(以下「被告新潮社ら」という。)は、本件記事(一)は公共の利害に関する事実にかかるものであつて、掲載の目的はもつぱら公益をはかるに出たものであり、摘示された事実はすべて真実であるか、または摘示者において真実であると信じるについて相当の理由があるので、不法行為は成立しないと主張して争い、また被告小学館同相賀及び同野口(以下「被告小学館ら」という。)は、本件記事(二)はそもそも原告の名誉を毀損する事実を摘示した内容のものではなく、そうでないとしても本件記事(二)掲載以前に既に新聞報道等により原告の社会的評価は低下しており(〈証拠〉によると、朝日、毎日、日経の各新聞に原告の逮捕の事実が報道されたことが認められる。)従つて本件記事(二)と原告の被つた名誉毀損との間に因果関係はないとして争い、さらにそうでないとしても、本件記事(二)は公共の利害に関する事実にかかわり、その掲載の目的はもつぱら公益をはかるに出たものであつて、同記事の内容はすべて真実であるか、摘示者において真実であると信じるにつき相当な理由があるから名誉毀損による不法行為は成立しないとして争つている。

そこで、以下本件記事(一)、(二)の順に、右の点につき判断していくこととする。

四本件記事(一)について

1  本件記事の(一)内容について

〈証拠〉によれば、本件記事(一)は原告が詐欺容疑をもつて逮捕されたことを中心に、原告の人柄、経歴、言動、交友関係等の事実を摘示した内容の記事であると認められるところ、その内容・構成について検討すると、同記事は、「この大物サギ師『青年実業家』が逮捕されたときベッドにいた女」とする大見出し、「三十一歳の若さで、(中略)彼らの弁明を」とするリード部分(甲第一号証一三二ページ部分の左側囲み部分)、本文「一月一七日の朝に」以下「一月一七日の朝のことだつた」までの第一段落、「『金髪美人が裸で…』?」との中見出し、それに続く本文「警察が佐々木の自宅に踏み込んで」以下「違法スレスレの商売をやるようになつた」までの第二段落、「あの歌手もボクがパトロン」とする中見出し、それに続く本文「佐々木の女――という情報では、こんなものもある」以下「必要ないですよ」までの第三段落、「情報を流された代議士二人」とする中見出し、それに続く本文「佐々木の詐欺事件には代議士も一役買つている」以下「無責任に圧力をかけたことになりはしないか」までの第四段落に区別できること、本文第一段落には、原告の二つの逮捕容疑事実が被害者もしくは関係者の談話の形をもつて掲載されていること、第二段落には、自宅での逮捕時に「裸同然の金髪美人が飛び出してき」たとの内容の談話形式の記載に続いて「佐々木の女たち」との話題について、原告が自分のマンションや自宅にかつてあるいは現在女性を住ませているといつた内容の原告の周囲の者の談話が掲載され、さらに続けて原告の出生からの経歴に及び、その中で原告には戸籍上の妻があるが今は交流がなく、その女性の兄の談話として、原告が女遊び等にふけり、そのため原告の行う事業の経営は赤字続きであり、そのうちに姿を消してしまつたとの内容の談話が掲載されていること、第三段落では、さらに「佐々木の女」等に関する話題として、原告が歌手の南沙織の面倒を見て原告のマンションに住ませているとか、五木ひろしや森進一のパトロンであると言つていたとの関係者の談話及び南沙織、五木ひろし、森進一のプロダクションの関係者の右話が原告の虚言である等の内容の談話が掲載されていること、第四段落には、原告の容疑事実にかかる登記申請行為に二人の代議士が関与していたとの談話及び当該二人の代議士の談話が掲載されていることをそれぞれ認めることができる。

右によれば、本件記事(一)に摘示された事実は、内容的に大別して、詐欺(容疑)事実に関する事実、原告の私生活に関する事実(経歴、交友関係、女性関係、言動)に分類できる。

2  本件記事(一)による名誉毀損

本件記事(一)の内容が原告の名誉を侵害するものであるかにつき判断するに、前記詐欺(容疑)事実に関する事実、原告の私行に関する事実が、原告の名誉を毀損するものであることは、前認定の内容自体から明らかであるといえる。

3  名誉毀損の違法性阻却事由について

一般に、人の名誉は、人の人格の尊重、公的及び私的生活の平隠等の見地から保護されるべきものであつて、これを侵害する者は、そのことによつて名誉の毀損を受けた者の被つた損害を賠償すべき責任を負うものである。しかしながら、右の名誉の保護は絶対的なものではなく、名誉を侵害するような行為であつても、一般社会人が当該情報を知ることによつてうける利益との比較衡量によつて、不法行為の成否をきめるべきである。すなわち、被告らも主張しているように、(一)名誉毀損行為(本件においては記事の掲載)が、公共の利害に関する事実(一般社会人が利害関係をもつ情報)にかかるものであること、(二)当該行為の支配的な目的が公益をはるかに出たものであること、(三)摘示された事実が主要な部分において真実であるか、もしくは摘示を行つた者においてそれが真実であると信じるにつき相当の理由があることの三つの事情が併存するときには、名誉毀損行為の違法性を阻却する理由に当るものと考えられる。

以下、右(一)ないし(三)の順に従つて、本件記事(一)について検討する。

4  詐欺(容疑)事実に関する記載部分について

一般に犯罪行為は公共の利害に関する事実であり、また公訴提起前の犯罪行為は、刑法第二三〇条ノ二第二項に規定されているとおり捜査への協力あるいは捜査の監視という見地から特に公共性が強いといえるので、この趣旨は名誉毀損が私法上において問責されている場合にも類推される。

また犯罪行為を摘示した場合、その摘示目的について、摘示者の支配的な動機が私益をはかるものであるような特別の事情が存しない以上、その摘示は公益を図る目的をもつて行われたものと推認しうるものである。

本件の場合、本件記事(一)中に、原告の詐欺(容疑)事実についての記載のあることは前認定のとおりであり、そして原告と被告新潮社らとの間に右の特別な事情の存在したことは本件全証拠によるも認めることはできないので、その摘示の支配的な目的は公益を図るためのものであつたと推認することができる。

そうであれば、本件の詐欺(容疑)事実に関する記事については、次にその摘示された事実が、真実であるか、もしくは摘示者において真実であると信じるに足りる相当の理由のあることが明らかにされるならば、右事実の摘示が違法性を欠くものといえる。

ところで、原告は、本件記事(一)は、原告を詐欺犯人として断定的に記載していると主張し、被告新潮社らはあくまでも容疑者としての記載にとどまると主張する。いうまでもなく、犯罪事実を摘示する場合において、それが未確定の犯罪に関するものであるときは、その点に十分配慮を加え、あくまでも被疑者あるいは被告人の人権に注意を注ぐべきである。もつとも同じく未確定の犯罪であつても、逮捕の段階、勾留の段階、起訴後の段階、一審判決後の段階等の各時点において払うべき注意にもおのずと差違が生じるが、本件のように逮捕・勾留段階では最も強く注意が払われなければならない。

そこで本件記事(一)が原告を犯罪者として断定的に記載しているか否かについて検討するに、〈証拠〉によれば、なるほど、本文第一段落においては原告が容疑者として逮捕中の者であることが明記されているが、同段落の中でも、「もちろんこれは佐々木のウソと演技にすぎなかつたが」との欺罔行為についての解説が加えられ、また大見出しにおいては「この大物サギ師」、リード部分においても「二億円の小切手と十五億円のビルを詐取した男、佐々木忠」「こんな絵にかいたようなインチキ“青年実業家”」との記載がなされ、マンションの写真の説明として「佐々木に“乗つ取られた”ニュー麹町ビル」、原告の顔写真の説明として「詐欺師・佐々木忠」とされていることを認めることができ、これらの記事は、一般人が普通の読み方をする場合には、原告が真に犯罪を犯した者であるとの印象を与えるものといわざるを得ない(被告新潮社らはこれらを単に修辞上の問題というが、それにとどまるものとは言えない。)。

このように本件記事(一)が原告を犯罪者として断定的に(少なくともそのような印象を与えるように)摘示している以上、摘示者の意図としては容疑者として記載したものであつたとしても、その表現が適切でなかつたことによる責を負うべきである。

もつとも意図的ではないにせよ、客観的に摘示された事実(原告が真実詐欺罪を犯した者であるとの事実)に対して前記の真実性の証明をなし得るときは、その違法性はなお阻却されるものといえるので、以下この点について検討を進める。

まず第一に摘示事実中の訴外寺田キミヨ(以下「寺田」という。)に対する詐欺について検討するに、証人杉原正芳の証言中には、原告が代表取締役であつた訴外株式会社信商グループから寺田に対して本件詐欺容疑事件に関連する金員の返還請求訴訟が提起された際、寺田が同人の訴訟代理人として杉原弁護士を委任したこと、右訴訟事件で、寺田は杉原弁護士に対し、事件の経過に関して、原告は寺田と訴外株式会社伊勢甚百貨店(以下「伊勢甚」という。)との間の寺田所有の土地(東京都港区青山三丁目所在の土地約一〇二坪、以下「本件土地」という。)の売買契約の仲介に当つたが、その際原告は伊勢甚内部の経営権をめぐる争いに関して、その一方の当事者である訴外綿引敬之舗伊勢甚社長(以下「綿引」という。)を援助したいとして、「伊勢甚は昭和四八年三月ころ東京証券取引所第二部に上場し、いずれ伊勢丹と合併する。」、「二部上場にあたつて新株を発行するが、社長は今まで私財を全部会社につぎこんでいるため、新株引受の資金がない。」、「そこで寺田さんの土地を伊勢甚で買い、そのうち二億円を抜いて綿引に渡したい。」などと話していたこと、また寺田に対し別荘、車、家具などを提供すると言つて、契約の締結を促したこと、その結果伊勢甚と寺田との間には代金金七億三八〇九万四八〇〇円(契約書上の代金額は金六億九〇四七万二〇〇〇円)の契約が成立し、そのうち金二億円を寺田は原告に前記の用途に当てるため交付したこと、しかしながら右の二億円は綿引の手には渡らず原告が取得したこと等を告げていた旨の証言部分があり、右の証言内容につき、〈証拠〉によれば、寺田・伊勢甚間に売買代金を金六億九〇四七万二〇〇〇円とする本件土地の売買契約書が作成されていること、寺田が原告に金二億円交付していること(但しその領収名義は株式会社信商グループである。)、原告が寺田に家具、自動車、別荘の提供を約束していたことが認められ、また〈証拠〉によれば、伊勢甚に新株発行、二部上場、合併等の予定並びに綿引と原告の間に二億円の調達依頼の事実はなく、従つて現実に金銭が渡つていないことが認められ、また〈証拠〉によれば、本件売買に関連する右訴訟において、寺田側は前認定の事情をもとに主張し争つていたことを認めることができる。しかしながら一方原告本人尋問の結果中には、寺田の本件土地の売買仲介に当り、寺田に対し原告が約束したのは手取四億円の指値売買ということだけであり、本件土地はその立地条件上本来右のような高額なものではなく、原告が周辺土地と合せて伊勢甚に売却するからこそ初めて右の値段が可能になつたのであつて、右の指値以上の分については原告自らの利益であり、また金二億円を伊勢甚の綿引に渡すという話は寺田に対してしたことはない旨の供述があり、この尋問の結果と前掲証人杉原の証言及び認定事実とを総合すると、寺田の言い分と原告の言い分には大きなくい違いのあることに加えて、寺田が金二億円の贈与の相手方である綿引と事前に一度も連絡をとつていないこと、また原告が右売買契約の双方当事者のいずれに対しても何らの報酬の約束をしていないことが認められるので、寺田の言い分には疑問を払拭できないものが残る。

そうであれば、証人杉原の証言すなわち寺田の言い分を一概に信用することはできず、結局右各証拠によつては、逮捕の事実や朝日、読売、毎日等の各新聞にこの逮捕事実が報道されたという経緯があつても、本件摘示事実のとおり原告が真実詐欺を犯した者であること、あるいは摘示者においてその事実を真実と信じたことについて相当の理由があつたとの立証が尽されたとは言い難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

次に同じく摘示事実中の訴外中沢耕作(以下「中沢」という。)に対する詐欺につき検討するに、証人中沢耕作の証言中には、中沢は原告から昭和四八年一一月二日金一億二〇〇〇万円を借り受け、返済日を同年二月一三日と定め、原告に対し、右同日を支払期日とする金一億三七〇〇万円(一七〇〇万円は利息分)の手形並びに東京都千代田区麹町所在のビル(以下「本件物件」という。)の抵当権設定のための必要書類一式を渡していたところ、同人が弁済日の前日の一二日に原告方の係員と連絡をとつて弁済期を一五日に延長し、先に渡した手形を交換に回さない旨を約したにもかかわらず、原告は、右手形を交換に回し、窮迫に乗じて中沢に対し本件物件の売渡を迫り、遂に不渡処分を恐れた中沢から本件物件の売却を受けたとの部分があるけれども、一方原告本人尋問の結果中には、金一億二〇〇〇万円の貸渡しの点については一致するも、弁済期を一五日に延長したとする点はくい違い、そのような延長の約束はなく、中沢は一三日には現金を持参すると称して原告の手形の振込みを思い止まらせ、最終的には手形の期日を徒過し、以後解決に時間をかけようと計り、原告が手形を交換に回していたため窮地に陥り、売買契約を締結したものであり、本件物件の価額は他に多くの担保権が付着しているため売買代金一億二〇〇〇万円に比して著しく高額のものではないとする部分があり、これらを総合すると、証人中沢の証言を一概に採用することはできず、右証拠による限り、前記のとおり逮捕等の事実があるとしても、結局原告が真実詐欺を犯した者であること、あるいはその事実を真実と信ずるについて相当の理由があつたことの立証が尽されたとはいえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

以上のとおり本件記事(一)のうち、詐欺事実に関する記載部分は、原告の名誉を毀損するものであり、その違法性を阻却する理由は認められない。

5  原告の私行に関する記載部分について

次に本件記事(一)のうち、原告の私行に関する記載部分につき検討する。

被告新潮社らは右の記載部分について、本件記事(一)は原告の犯罪行為を基調としたものであるが、原告の経歴、人間像、交友関係も右の犯罪(容疑)事実に関連する要素であり、原告の私事に止まらず公共の利害に関する事実であり、これを摘示することにより犯罪容疑者である原告が日常どのような社会生活を営み、周囲の人からいかなる評価を与えられていたかを明らかにして、その反社会性につき一般読者を啓蒙し、その注意を喚起するもつぱら公益を図る目的をもつて掲載したものであると主張する。

確かに公共の利害に関する事実である犯罪事実に関連して、犯罪(容疑)者の経歴、交遊関係等の私行についての摘示も許されないわけではないが、犯罪事実を摘示の対象とするからといつて、それに関連するあらゆる事実の摘示が公共の利害に関するものとはいえず、その許容範囲は、他人の名誉毀損による侵害法益とその摘示をあえて許容しても公共の利益に資するべき必要性との相関関係に求められるべきである。犯罪事実の摘示が公共の利害に関するものとされる理由は、犯罪行為(あるいはその容疑)のあつたことを一般に覚知させて、社会的見地からの警告、予防、抑制的効果を果させることにあるといえるからであり、摘示を許容される範囲は右の趣旨に沿つて考え、一般的にはその範囲は犯罪事実及びそれに密接に関連する事実に限られるべきである。そしてさらに本件摘示の犯罪事実が逮捕・勾留の段階のものであることを考え合せると、その許容限度・範囲はより厳格に考慮すべきものといえる。

右の見地から本件記事(一)中の原告の私行についての記載部分を見るに、本件容疑事実が虚言による詐欺であることを考え合わせ、ある程度の背景的事実の摘示は許容されるとしても、私行に関する記載部分及び大見出し、中見出し等の表現に照らすと、当該部分が公共の利害に関するものであると考えることは疑問であると言わざるを得ず、また掲載の目的についても証人佐藤攻行の証言中には、本件記事の主たる目的は犯罪事実を公表して同種被害の発生を防ぐためであるとする部分があるが、その表現・内容から考えると、犯罪予防の目的を全く否定できないとしても、その目的・内容は読者の関心を惹くことを主眼とした興味本位のものと言わざるを得ない。

本件記事(一)中の原告の私行に関する記載部分については、その掲載の支配的な目的が公益を図るものであつたとは言えないので、その摘示事実性について判断を進めるまでもなく、右部分は違法に原告の名誉を毀損するものである。

6  以上のとおり、本件記事(一)は、原告が詐欺犯人であるとの断定的印象を与える記載部分、原告の私行に関する記載部分の二部分において、原告の名誉を毀損するものであるので、被告野平はその編集発行者として民法第七〇九条により、被告新潮社は右野平の使用者として民法第七一五条により、それぞれ原告の右損害を賠償すべき義務を負う。

そこで、損害額について検討するに、原告本人尋問の結果によれば、原告が本件逮捕・勾留の後、原告が当時行つていた企業活動遂行面に多大の支障が生じたこと、私的な交友関係にも悪影響が生じたことを認めることができるが、前記認定のとおり原告の逮捕事実は有力新聞において全国的に報道されていたことが認められ、右の原告の被つた支障、悪影響は、原告が逮捕されたことそれ自体及びその報道によるところが大きいものと推察され、本件記事(一)が全面的な原因を作出したものとは考えにくい。

そうであれば、本件記事(一)により原告の被つた精神的苦痛を慰藉するのに、被告新潮社らが責を負うべき金額は、金一〇〇万円が相当である。また謝罪広告については、右の慰藉料に加えてこれを命ずべき必要性はないものと思料される。

よつて、被告新潮社、同野平は、原告に対し各自金一〇〇万円及びこれに対する本件不法行為後の日である昭和四九年一二月一三日から右金員支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負う。

五本件記事(二)について

1  本件記事(二)の内容

〈証拠〉によれば、本件記事(二)は「清純歌手南沙織嬢部屋事件の一部始終」とする大見出し、リード部分、「詐欺漢の口から女の名が」とする中見出し、「南沙織が芸能人だつたから」とする中見出しにそれぞれ続く本文第一ないし第三段落に分けられること、その内容とするところは、歌手の南沙織が居住していたマンションの賃借人名義が原告であつたことを契機として、原告が詐欺罪で逮捕された男であること、南沙織のプロダクションの社長が取材に訪れた新聞記者に暴行を加える事件が起きたが、これは原告がかねてより南のことを口にしていたことに端を発したものと認めることができる。即ち本件記事(二)は、原告の詐欺容疑による逮捕事実を主としたものではなく、右の暴行事件を主とし、原告と南沙織の関係を中心としたものと認めることができる。

そしてその中の表現には、なるほど当初に原告が逮捕中の者であることは指摘されているが、見出し、本文中の数ケ所において原告を「詐欺漢」と称し、断定的表現を用いている。被告小学館らは本件記事(二)は断定的表現を用いておらず原告が詐欺犯人であるとの印象を与えるものではないと主張するが採用できない。

2  事実の公知性について

次に被告小学館らは、原告が詐欺罪で逮捕されたことは既に広く報道済みであり、原告が虚言を弄していた者であるとの評価は既に定着していたと主張する。既に新聞等により報道がなされていたことは前認定のとおりであるが、他に新聞・雑誌等で報道されたからといつて、当該事実が公知のものとなつていたとは言えず、本件記事(二)について名誉毀損の責任から免れうるものではなく、被告らの主張は採用できない。

3  本件記事(二)による名誉毀損

前認定の本件記事(二)の内容のうち、原告の名誉を毀損する性質を有するのは、原告が詐欺犯人である旨の断定的表現を行つている部分及び原告の私的な言動に関する部分の二点である。

4  原告の犯罪事実に関する記載部分について

右部分について検討するに、この点につき前提とすべき判断基準は前記四4のとおりであるところ、本件記事(二)の部分が、犯罪について断定的印象を与える表現を行つていることは前記のとおりであり、またこの点について原告が真実犯罪を犯した者であるとの証明あるいは摘示者においてそのように信じるに足りる相当の理由のあることが本件全証拠によるも認められないことも前記四4のとおりであるので、被告小学館らはこの点についての責任を免れることはできない。

5  原告の私的言動に関する記載部分について

本件記事(二)中、原告の私的言動についての部分とは、前記認定のとおり、原告が借りていたマンションの部屋を南沙織に転貸していたこと、原告はかねがね南の名を口にして彼女と関係があるように話していたこと、南のプロダクションの社長周防郁雄が原告と南との関係について取材に訪れた記者に暴行を加えたことを基調とするものであるが、原告の右私行に関する記事は、前記原告の社会における立場を参酌しても、その記事自体によつて、原告に対する社会的評価を低下させるようなものとは認めることができない。

そうすると、本件記事(二)の中の原告の私的言動に関する部分については、名誉毀損の事実が認められないので、その余の点について判断をするまでもなく、原告の請求は失当である。

6  以上のとおり本件記事(二)は、原告を詐欺犯人であると断定的に記載している点においては、原告の名誉を違法に毀損するものであるから、被告野口はその編集発行者として民法七〇九条により、被告小学館は右野口の使用者として民法七一五条により、それぞれ原告の損害を賠償すべきである。

ところで、原告は被告相賀に対しても民法七一五条に基づいて責任を負うべきものと主張する。一般に法人の代表者は使用者としての立場を有するものではなく、単に法人の代表者(代表機関)として一般的な業務執行権限を有するものにすぎず、このことからただちに民法七一五条第二項の「使用者ニ代ハリテ事業ヲ監督スル者」に該当するということはできない。代表者が現実に当該事業の監督に当つていた者である場合に限り、右第二項に基づき責任を負うものと解するを相当とする。本件においては、被告相賀が被告小学館の代表取締役であることは当事者間に争いがないが、全証拠によるも、同人が現実に「週刊ポスト」の編集・発行を監督していた者と認めることはできないので、原告の被告相賀に対する請求は失当である。

そこで次に被告小学館、被告野口の負うべき損害の範囲について検討するに、前記の本件記事(二)の名誉毀損部分の内容・程度に加えて前記(四、2ないし5)の事情を考慮すると、金三〇万円とするのが相当である。そして、謝罪広告については、右の慰藉料に加えてこれを命ずべき必要性はないと思料する。

よつて、被告小学館、同野口は、原告に対し各自金三〇万円及びこれに対する本件不法行為後の日である昭和四九年一二月一三日から右金員支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負う。

六結論

以上のとおり、原告の請求は、被告新潮社、同野平に対し各自金一〇〇万円及びその遅延損害金、被告小学館、同野口に対し各自金三〇万円及びその遅延損害金の請求をする限度で理由があるのでこれを認容し、右金員を超える部分の請求及び被告相賀に対する請求並びに本件各被告に対する謝罪広告を求める請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法九二条、九三条を適用し、これを二〇分してその一を被告小学館、同野口の、その三を被告新潮社、同平野の、その余の部分を原告の負担とし、仮執行宣言について民事訴訟法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(山田二郎 久保内卓亞 内田龍)

別紙(三)、(四)、(五)〈省略〉

別紙(二)

別紙(一)

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